地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、広島の地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

広島の地域情報サイト「まいぷれ」

まいぷれ広島 編集部が行く!

東日本大震災・広島市土砂災害復興支援 チャリティー神楽 共演大会

広島伝統芸能 神楽

2015/05/26

その日は、ゴールデンウィークに開催される神楽フェスティバルの稽古の真っ最中だった。
上河内神楽団の演目は「滝夜叉姫」と「羅生門」。

「滝夜叉姫」と、鬼が腕を取り返す「羅生門」の1場面の稽古に、若い舞手たちが励んでいた。

氏子で受け継がれた伝統芸能

上河内神楽団団長 中村 潔文 さん
上河内神楽団団長 中村 潔文 さん
神楽団に入って、37年になる。

かつては自らも舞い手として活躍した上河内神楽団団長 中村 潔文さん。今は若い神楽の舞い手を温かく見守る。

「親父がね、入っとったんと、ここにおるんはほとんど、そういうメンバーが多いね。氏子の中のね」

上河内神楽団も地元の氏子で成り、現在24名の団員が在籍している。

もともと神楽は氏子たちで結成され、奉納神楽を地元の氏神様にみてもらうもの。
夜9時くらいから始まり、日が高くなるころに終えて帰る。奉納神楽というのはそういった演舞だった。
今はもう、そんなに長く舞う機会はあまりない。

「競演もありますしね、やっぱりお客さんが観ていて飽きない時間っていうのが、メインになってきますよね」


賑やかな神楽、八調子の旧舞

上河内神楽団は広島でもその舞の技術の高さで有名な神楽団だ。
東京や大阪公演にも積極的に取り組み、ブラジル日本移民百周年記念式典の折には県からの依頼を受け、安芸高田市の3団体でブラジル公演をおこなったこともある。

ブラジルは遠かったけどね、と中村さんは笑った。
「真反対だよね、日本の。広島の神楽を、向こうの記念大会で、舞う。ブラジルに住んでる人がね、観てくれるんよ」

東京や大阪で開催する公演には、かつて広島に住んでいた人たちが、小さな頃から慣れ親しんできた神楽を懐かしく思って観に来てくれることも多いという。
「広島におった人たちとかね、広島の神楽とか、島根の神楽いうんは、賑やかじゃないですか。衣装も含めてね。ストーリーがあって、最初から終わりまでずーっと長いストーリーの中で、舞う」

他ではあまり見られない賑やかな神楽を、懐かしんできてくれるのだと。
神楽には、「旧舞」と「新舞」がある。
六調子の神楽を旧舞、八調子の神楽を新舞と言われることが多いが、上河内神楽団は、旧舞も新舞も同じ八調子で舞う。

「ここで舞っとるのは、昔から八調子の神楽じゃけんね。旧舞じゃろうが、新舞じゃろうが。まあ、新舞いう見方をされるんよね、太鼓の拍子が違うけえ」

だが、拍子ではなく作られた時代によって「旧舞」と「新舞」に分けられるものらしい。

「例えばね、「滝夜叉」であるとかいう新しく創作された演目を、新舞言う。私らから言うたら、それがホンマの新舞」

神楽の歴史は実に深く、面白い。

歴史を知って観る神楽は、また一段と魅力ある演舞にみえるだろう。

後継者が続く限り

神楽は身に染み付いてしまっている、と言った中井さんは、チャリティー神楽を通して神楽そのものの魅力を伝えていきたいとも考えていた。

後継者問題は伝統芸能にとっても深刻だ。

中井さんに紹介してもらった「上河内神楽団」は若い後継者が多くいるように見えたが、それでも団長の中村さんは、難しい、という。
少子化の問題もあって、神楽の担い手は減りつつある。
それでも、神楽は受け継がれてゆく。
中村さんがそうであったように、いまもこれからも、親から子へ、先輩から後輩へ。氏子たちの間で。

「神楽はね、演じる言わんと舞う、言うんよ。まあ、舞台じゃったらね、演じる言う表現もするけども、神楽は、舞う」

和太鼓が打ち鳴らされ、大きな音が響き渡る稽古場でもすやすやと眠る小さな未来の舞い手が、その伝統を繋いでいくのだろう。

【取材協力】 
 チャリティー神楽実行委員会 中井 達也さん
 (公式Facebook 東日本大震災復興支援チャリティー神楽
 上河内神楽団のみなさん
 (公式Facebook 上河内神楽団